旅人たちのクロスロード
6.迷子探しはチームワーク
急に鼻の辺りがむずむずして、クライスは口元を押さえた。
くしゅん、くしゅんと続けざまに二発。
はて、くしゃみが出るのはどこかで自分が噂されているから、などといわれるのは果たしてどこの文化だったか。
「おっかしいなぁ、どこ行っちゃったんだろ……」
そんなことより目下思考を割くべきは、連れとはぐれたというこの赤髪の少女のことである。
「その少年の行きそうな場所に、何か心当たりは?」
「初めて来た街だからなぁ、何とも……」
リタはしばらく考え込んだ後、「あ!」と何かを思いついたように声を上げた。
「よく分かんない珍味とか好きな子なんだけど」
「珍味」
「こう、お酒のつまみになる感じの。とはいえあの子お酒は飲まないし、この時間だし酒場って線はないわけで。あー、あと辛いのとか」
「辛いの」
「味覚麻痺してんのかなってくらい辛いの平気、っていうかむしろ好きみたいなんだよね、あの子。唐辛子たっぷりの真っ赤なスープとか。あるかな、そういうお店」
「リタ君、一ついいか?」
「はい」
「食べ物以外の可能性も少しは考えてくれ」
ついさっきシュークリームを分けてやったばかりだというのに、どれだけ食い意地が張っているのか。
馴染みのない街ではぐれたという割に、どういうわけか、リタにはさほど焦っている様子は見られない。
リタ自身、年の割に旅慣れた様子だし、連れのほうもそこまで心配は要らないということなのだろうか。
「とりあえず、人のいそうなとこから探してみようかな。結構目立つ子だから、見かけた人がいれば覚えてるだろうし」
「いや、待ちくたびれて一度離れたにしても、そのうち戻ってくるんじゃないか? 君までむやみに動き回ったら、余計に収拾がつかなくなる気がするが」
「でもあの子のことだからさ、間違いなく元いた場所なんて分かんなくなってると思うんだよね」
「方向音痴……なのか?」
「んー、何かそういう次元を超越してぽやぽやしてるというか」
それは何というか、一刻も早く保護を急ぐべきな気がするのだが。
「あれ、クライスさん?」
聞き覚えのある声に振り向くと、馴染みのおさげの少女がこちらへ歩いてくるところだった。
「おや、ミーナ君か。どうしたんだ、こんなところで」
「ちょっと人探しをしてまして。えっと、ピンク色のポンチョを羽織っていて、髪は私と同じような金色で、お花の髪飾りをつけた女の子、どこかで見かけませんでしたか?」
「いや……記憶にないな」
少しの思案の後、クライスはそう答えた。
――実をいうと、例の菓子店に並んでいるときに思いきり近くを通りすぎているのだが、あいにく彼は書物に夢中で全く気がつかなかった、というのはここだけの話。
「君の友人か?」
「いえ、レオルさん……こちらの方のお連れの方で」
ミーナの後ろから、濃青の外套を着た少年がひょっこりと顔を出し、硬い表情のまま小さく会釈をした。無愛想な、というよりはひどく不器用そうな少年である。
「実はな、ミーナ君。奇遇なことに、こちらも人探しの最中なんだ。彼女の旅の連れで」
「どうも。お二人さん、妖精かお人形みたいな美少年見かけなかった?」
「お人形さんみたいな美少女、じゃなくて美少女なお人形さんとは先ほどお茶してきましたけど」
「えっ何それ!? 会ってみたいんだけど」
「とっても可愛かったのですー」
何やら女子二人が脱線し始めてしまった。
傍らの少年は表情の変化こそ乏しいものの、そこには明らかに困惑と焦りの色がうかがえる。
リタの方は比較的のんきに構えているが、こっちの少年はまっとうに相方の身を案じているのだろう。
「えーっと、レオル君だったか。ここはそれなりに治安の良い街だから、日の高いうちは滅多なことは起こらないよ。どうにも見つからなかったら、大学の方にも声をかけてみよう」
「いや……さすがに、そこまでしてもらうわけには」
「いざとなったらそういう手もある、と思えば少しは気が楽だろう。無論、大ごとにする前に見つけられるに越したことはないが」
レオルは、わずかに緊張の緩んだ面持ちで頷いた。その様子に、クライスも何となく安堵する。どうもこの少年は、他人に頼ることが不得手なように見えたので。
「そういうわけで君たち、雑談はあとだ。ひとまず手分けしてこの近くで二人分の目撃情報をあたってくれ」
「はーい」
「あ、確かにこうなると先生っぽいー」
「あっ、よかったです。クライスさん、よく構内で他学部の方から学生と間違われて、密かに凹んでるんですよ」
「あっははー……実はあたしもさっきやらかしたんだけどね」
……漏れ聞こえる会話に微妙に傷を抉られつつ、クライスも聞き込みを開始すべく人通りのある方へ向かった。
人手が増えたこともあってか、ほどなくして情報が上がってきた。
「その二人なら、さっきすれ違ったけど。ずーっと向こうの、大きな花壇の近く」
若草色の髪をした快活な印象の少女が、そう言って道の先を指差した。
「二人? ってことは、一緒にいたってこと?」
リタが尋ねる。
「うん。浮世離れした美少年とお花みたいな女の子でしょ。結構目立つから見間違えないよ。――じゃ、無事会えるといいね」
少女はそのまま、鼻唄混じりに雑踏に消えていった。
よく見ると、何やら古びた異国の楽器を小脇に抱えている。その背を覆う深緑色の外套は年季が入っていて、旅暮らしの長さをうかがわせた。
はて、今日は妙に異国の旅人に出くわす日だな、とクライスは思った。
「大きな花壇というと……クライスさん、広場のあれでしょうか」
「恐らくな。今もそこに留まっていてくれるといいんだが」
「じゃあお二人さん、案内よろしくお願いしまーす」
「……お願いします」
そういうわけで、土地勘のあるクライスとミーナを先頭に、一行は早足で歩き出した。