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​旅人たちのクロスロード

​5.お茶会はファッションショー

 

 同じころ、ミーナと謎の女科学者、謎の美少女人形の三名(?)は、とあるカフェの片隅で話に花を咲かせていた。
「リルちゃんお肌が色白ですから、シックな色も似合うと思うんですよ。紺色とか、深緑とか」
「ふむふむ、そしたらスカート丈はお上品な膝丈で、ちょっと背伸びした雰囲気も可愛いかもですねぇ」
「お色が落ち着いてるので、裾には細めのレースでちょっぴり華やかさも足しちゃいましょうか。足元は白タイツにしたらお膝の関節も隠れて、おめかし感もアップですね」
「あーっ素敵! ミーナちゃん分かってるぅ!」
 ミーナはテーブルの上に広げたスケッチブックに色鉛筆を走らせ、挙がった案を描き上げていく。いわば、画用紙の上で繰り広げられる、リルの着せ替えショーである。
 リルが人形であると即座に見抜いたミーナに、研究の一環として色々と話を聞かせてほしい、という女科学者ことジョシュさんの懇願で始まったお茶会である。ゆえに当初こそ「どこをどう改良したらリルがより人間らしく見えるか」といった至って真面目な議論をしていたのだが、何をどうして着せ替えショーに行き着いたのだったか。
 彼女の研究とやらにどこまで役立っているのかは定かではないが、終始満足そうにしているし、勝手にモデルにされたリルも興味津々といった様子でミーナの手元から片時も目を離さないし、ミーナ自身も、造形の整った美少女を描くのはたいそう腕が鳴る。三者三様に充実した時間を過ごしているので、何の問題もないのだろう。
「ねぇねぇ、えっと……ミーナお姉ちゃん?」
「――えっ? な、なあに? リルちゃん」
 リルのちょっぴり舌足らずな声で紡がれる「お姉ちゃん」は、なかなかの破壊力である。思わず動揺してしまったミーナだった。
「私、着てみたいお洋服があるの。お姉ちゃん、描いてくれる?」 
「いいよ、なんでも描いてあげる」
 ミーナは力強く頷いた。
 カフェに入った当初は未だ人見知り全開で、ミーナと目も合わせてくれなかったリルが、あのリルが! 今やおねだりをしてくれるまでに打ち解けてくれたのだから、つい安請け負いもしてしまうというものだ。
「わーい! あのね、あのね……私、うぇいとれすさんになりたいの!」
 リルの視線の先には、カフェの女性店員の姿。
「あ、確かにここの店員さんの制服可愛いですよね。古式ゆかしいメイド服」
 ジョシュさんがティーカップを片手に相槌を打つ。
「ちょっと描いてみますね」
 黒いシックなワンピースに、フリルのついた白いエプロンと、お揃いのヘッドドレス。リルに着せるなら、伝統的なロングよりは膝丈だろうか。仕上げにこの店の店員と同じ丸いトレイも持たせてあげて、完成だ。
「はい、できました! リルちゃん、どうかな?」
「わぁ……すごい! うぇいとれすさんだ!」
「あーっこれは可愛い! 幼女でお人形なメイドさん、ちょっぴりイケナイ感じになるのでは……なんて考えてしてしまった自分の心の汚れ具合を恥じたいですね。いやー可愛い! ねぇ、リルちゃん、ラトポリカに戻ったらルフ博士におねだりして、こういうの仕立ててもらおっか」
「うん!」
「そういえば、その博士さんは今どちらに?」
 描いたばかりの絵をリルに切り取ってあげながら、ミーナは尋ねた。ジョシュさんいわく、ルフ博士というのがリルを創り出した天才科学者とのことだったが。
「ああ、あの人は典型的なインドア系もやしなので、学会発表で疲れきって宿のお部屋で伸びてます。リルちゃん退屈そうにしてたので、あたしがこっそり連れ出してきたんですよ」
「勝手に連れてきてしまって大丈夫なんですか?」
「んー、多分。博士もその辺は織り込み済みであたしを同伴させたと思いますし、博士以外であたし以上にリルちゃんのこと把握しててリルちゃんが心開いてくれる人、他にいないですからね」
 何でもないことのようにジョシュさんは言う。そこにうかがえる揺るぎない自信と確かな信頼関係が、ミーナには何だかとても眩しかった。
「私も……ジョシュさんみたいな助手さんになりたいです」
「ふむ、何だか頭痛が痛くなる言い回し」
「だって私、ジョシュさんのお名前伺ってませんもの」
「あ、そっかぁ。でもゴメン、内緒です。今あたしをジョシュさん以外の名前で呼ばれると、リルちゃんが混乱しちゃうんです。そしたら博士が後ですごく不機嫌になるので。……決して、端役だから名前が決まっていないとかそういう都合じゃないですよ?」
 ――何やらメタな発言が飛び出したのは、聞こえなかったことにしておこう。
「それで、あたしみたいな助手、というと? ミーナちゃんも職業・助手さんなのです?」
「あ、いえ。私は考古学専攻の学生なんですけど、それとは別にとある先生の個人的な研究を個人的にお手伝いしているというか」
「個人的な研究の個人的なお手伝い……何だかほんのり禁断の香りがします!」
「うふふ、秘密のお手伝いなんですよ」
 ミーナは、着せ替えショーに夢中ですっかり冷めてしまったティーカップ三分の一ほどの紅茶を飲み干し、語り始めた。
「私、もっと先生に必要とされたいし、信頼されたいんですよ。研究の一環で各地の古代遺跡などに出向いたりするのですけど、本当にあの手この手で聞き出さないと一緒に連れていってくれないんです。私にしかお手伝いできないことだってありますのに」
「ふむ。詳しい事情は分かりませんけど、実地調査となるとそれなりに危ないこととかあるんじゃないでしょうか」
「そんなことないですよ。ちょっと湖で溺れかけたり、森で遭難しかけたりはありましたけど、いずれも未遂ですし」
「いや絶対それじゃないですか! そもそも何の研究なんですかそれ。まっとうな良識ある大人なら絶対止めますよ。人の心が少なからず欠如してるうちの博士ならまだしも」
「クライスさんにもそのくらいの強引さがほしいですぅ。先生のお手伝いをするようになって結構経ちますけど、私の気持ちにも全然、まったく、ちっとも気づいてくださらないですし」
「あー、それはあたしも分かりますよ。ええ、すっごくよく分かります。本当、あの手の研究バカって鈍いんですよね。むかつくくらい頭いいくせに、どうしてそういう方面には思考が行き届かないんでしょうね」
 妙に実感のこもった言葉に、ミーナはおや? と思う。
「もしかして、もしかしなくてもですね、ジョシュさんも博士さんのこと」
「いやそれはないですねー」
 食い気味に即答され、謎の間が生まれる。
「えっ何ですかその即答、とっても怪しいんですけれど!」
「内緒ですー」
 そんな応酬の傍ら、窓の外を見覚えのある濃青の外套がかすめた気がして、ミーナはちらりと視線を向けた。
「レオルさん……?」
 思ったとおりの少年がそこにいたが、その傍らに連れの少女の姿はなく、何やら落ち着かない様子で辺りをきょろきょろと見渡している。
「これはもしかして、リアナさんとはぐれてしまってます……?」
 というより、リアナがミーナと別れたあと、あのまま合流できていない可能性が高い。
「ミーナちゃん、どうかしました?」
「えっと、窓の外に知人を見つけたんですけど、何だかお困りみたいで……すみません、私ちょっと行ってきますね」
 話の続きは名残惜しいが、あの二人がはぐれてしまったとなると、ミーナも少なからず責任を感じてしまう。
 ミーナはテーブルの上に広げた画材一式を手早く鞄に片づけ、席を立った。
「ジョシュさん、リルちゃん、とっても楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ。いろいろと健闘を祈ってますよー」
「ミーナお姉ちゃん、また遊ぼうね!」
 リルの小さな掌が、ミーナに向かって伸ばされる。
 ジョシュさんの口にしていたラトポリカという地名には、全く聞き覚えがなかった。きっと遠い土地から来たのであろう二人。無邪気な約束は、きっと嘘になってしまうだろう。
 だからミーナは応える代わりに、リルの冷たく無機質な手を、両手で包み込むようにぎゅっと握った。
 

  

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