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【prologue】

 すべてが終わった場所だった。
 名を奪われ、記録を抹消され、存在ごと塗り潰された、忘却の地。

 〝語り部〟の少年は、その中心に立っていた。
 地面には瓦礫も残らず、風すら記憶を撫でない。

 その傍らで、少女はそっと帳面を開いた。
 指に馴染んだ万年筆が、紙面の上で待つように沈黙する。
 彼女の眼差しは静かで、けれどその奥には確かな覚悟があった。

 少年は空を仰ぎ、小さく息を吐く。
 声の温度は祈りのように低く、淡々と、それでも届くように告げる。

「……これが、最後の〝語り〟になる」

 語られざるすべてに、終わりを告げるために。
 記録官の少女は、ただ静かに、筆を走らせる準備を整えた。

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